グッと身近に来る日本史

読書でタイムトラベラー/時空を超えた世界へと旅立つための書評ブログ

江戸幕府

日ロ領土問題の原点はウルップ島にあり

永年にわたる日ロ領土交渉。そのはじまりは、いつ、どこだったのか、その最前線で何が起きていたのか。原点を探っていくと、ウルップ島にたどり着きます。

蝦夷地問題の変転、やがて「鎖国が国法」に

田沼意次から松平定信へ。揺れる幕政とともに蝦夷地政策も二転三転した結果、いつしか「鎖国が国法」となって、幕末までの半世紀以上、幕府の対外政策の基本になっていきます。それを定めたのが、実は松平定信です。

田沼意次はなぜ「賄賂政治家」になったのか

北方からのロシア接近に対して、幕府はどのようにのぞんだか?。今回はまず、それを知る上で踏まえておきたい変革期にあった幕政の動向について、当時の老中、田沼意次から見ていきましょう。

『赤蝦夷風説考』蝦夷地に迫る大国ロシアの影が公に

1783年(天明3年)、ロシアの蝦夷地接近に対する危機感をあおる一方で、対ロ貿易の可能性を説いた『赤蝦夷風説考』が出版されます。これが時の老中、田沼意次の目にとまり、幕府が直接、蝦夷地調査に乗り出すことになります。その後の情勢次第では日ロ通商条…

江戸中期、密かに始まった通商交渉

江戸時代の初め、外国だった今の北海道(蝦夷地)。それが江戸中期になると、蝦夷地は新たな局面を迎えます。ロシアの極東進出です。今回はロシアの登場による幕府や松前藩の対応について見ていきましょう。

型破りな『松前藩』の扱いに困っていた?江戸幕府

江戸時代、米が獲れなかった蝦夷地にあった松前藩から日本のかたちを考えます。今回は、外国と考えられていた当時の蝦夷地(今の北海道)が、ひょんなことから、次第に日本に組み込まれていく過程を見ていくことにします。

米の獲れない『松前藩』から日本とは何かを考える

江戸時代、三百諸侯と言われたあまたの大名家の中でも、蝦夷地にあった松前藩ほど特殊な藩はなかったと言えるでしょう。理由は明確。石高(米の収穫高)が基本の幕藩体制にあって、松前藩では米が獲れなかったからです。今回のシリーズでは『松前藩』(濱口…